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2008年11月 8日

創造力について

今回はちょっと仕事に関連した話。

以前から創造力(クリエィティビィティ)について考えさせられることがあります。

今やってる仕事で80%をメインのプロジェクト、20%を別のサブプロジェクトに費やしてるんですが、この20%を設計力向上のためオブジェクトを考える時間に最近使ってるんです。具体的にどういうことをやってるかというと、以前僕が設計からインプリまで全部やったデスクトップアプリのソースを見直して、クラス図の関連や依存性を意識しながら、ディカップリングやリファクタリング、オブジェクトを抽象的に捉え直してるんですよ。

それで、作図ツールをやって作業してたんですが、どうも発想が冴えない。それなりに事を進めてたんですが、途中からプリントアウトした物にペンで描き始めました。すると不思議なことにペンを手に取った方が作業が捗り、発想しやすくなる。

実はこの現象、昔にも経験してるんです。例えば、文章を書く場合。最近は至ってパソコンで文章を書く事に慣れてしまってはいるのですが、紙に鉛筆で書く方が、なぜか良い文章が書けるんですね。だから、メールよりも絵葉書や手紙に文章を書く時の方がアイディアが出易いんです。

もっと昔に遡った話しをすると、書き取りって作業を学生の頃やったのを思い出します。繰り返しで単調な作業なんですが、本を読んで覚えるより、紙に書き出すことで、記憶に残り易くなり、不思議と身に付いてたりするんですね。これは創造性より記憶に関したことですが、どうも脳と紙に文字を書くという作業に重要な相関性があるような気がしてなりません。

現に、パソコンを使うことの弊害として、文字を打つのが便利になった反面、漢字を忘れ易くなった(これは歳を重ねる事も関連してるとは思いますが)ことがあります。これが紙に文字を書くということが減ったということについて、関連が無いとは言いきれないような気がします。

仕事で久々に絵を描きました。もちろん、今やってることの作業の一貫です。どうも、絵を描くというのは、不思議と脳の違った箇所を刺激してるようで、同じことを考えてるはずなのに、パソコンを使って考えてる時と違う感じを受けます。不思議とスッキリした感じがあるのは、普段と違う脳の場所を使うことで、疲れてた脳が逆に活性化されたのかもしれません。

時代と逆流した、とても原始的な行為が、実は人間にとってのポテンシャルを高めていて、それが便利な世の中になる事で失われていってしまうのかと思うと、少し怖い感じがします。絵を描く事は重要なのかもしれません。文字を書き出すことは重要なのかもしれません。

便利は楽です。しかし、便利が人間の持ってる可能性を押し殺してしまってるのなら、便利も考えものかもしれません。もっと原始的に、もっと不便に、創造性を高めるため、普段と違った試みは大切ですね。

しかし、絵を描くってのは本当に不思議な行為です。なぜか脳が疲れない。なぜ人は絵を描こうと思ったんでしょうか?何かを表現したかった、伝えたかった以外にも何かありそうです。創造したかったのかもしれません。

2008年10月 7日

構成批判

今朝は妙に気分が悪かったんですけど、会社で流行ってる風邪がうつったような気がします。調子が悪い。。。

ところで、今日は大統領選の最後の討論会がありました。まあ、どこのチャンネルにあわせてもそれがやってるわけですが。印象としてはオバマの意見は明確で、マケインはどこかボンヤリとして相手の批判を繰り返す発言が目立った気がしました。

これは日本人的な意見なのかもしれないけど、どうもマケインの私の英雄である〜、〜で有名だった〜、って言い回し、歴史上の人物をなぞらせて自分もそうであるという表現が受け入れられませんでした。自分で言うかね?って思うんですよね。それでいて、いやいや、あんたは別人でしょ、とも思う。弁論はオバマの方が優勢な気がしました。

話変わって、フォーマット(討論会の構成)がやたらCNNで批判されてました。どんな構成かと言うと、昔ニュース23で筑紫哲也が小泉前首相相手にオーディエンスを交えてやっていたように(おそらくこの構成を真似したんだと思うけど)、大統領候補に代わる代わる質問を浴びせ、会場からもたまに質問を受けるって構成です。

批判は司会者の質問が悪くて、既に皆が知ってる両候補の見解しか聞けなかったとか、候補者同士のやりとりが少なかったというものでした。あまり見解を聞く機会がなかった僕にとっては、そこまで批判が出るのが分からなかったんですが、どっちが何に反対して賛成してるって情報を提供しても良かったのかなとは思いました。

構成批判と言えば、この間やってたキング・オブ・コントの審査方法も凄かったらしく、公平性に欠ける批判が多かったようですね。後日番組を観たんですが、やっぱり公平性は無い感じがしました。やっぱりああいうのは、審査員形式でも今土俵に上がる人達に権限を与えるのは違うかなと感じました。組織の力関係も政治力も強まるでしょうし。

選出されることの重要性だけに、構成批判ってのはどこにでもありますね。

2008年9月26日

こおろぎ

日本を離れると逆に日本のことがよく見えたりする。
最近は特に四季が懐かしいなって思う。

春夏秋冬、どれも味があって感情が伴う。
季節事に思い出があって、思い出の曲があって、頭の中にある点と点が繋がったときに記憶が鮮明に蘇る。季節はそのきっかけとなる。

外に出していた飼い猫を迎えにいくついでに、昨日は久々に夜風にあたってた。頭の中がごちゃごちゃしていて、一度空っぽにしたかった。そんな時、一匹のこおろぎを見た。9月ももうすぐ終わり、忘れかけてた季節感をこおろぎに思い返させられたような気がした。

若い頃は夏が好きだった。なぜか今は9月から10月の涼しく、そしてどこか寂しくなる季節が好きだ。どこか哀しくどこか寂しい、そんな季節がとても懐かしい。歳をとったのかなって、こおろぎを見つけたことを少し嬉しく思った。

2008年9月11日

光熱費

ハワイが光熱費ナンバー1か、そしてカリフォルニアが24位。
年中クーラつけてるようには思えないけど。。やっぱ島は高いのかな???


アメリカの光熱費を州ごとにランキングしたものです。
2006年のデータです。
(このランキングは、一般世帯の電気代、ガス代などの平均です)

第1位 ハワイ州 $272.91  
第2位 ニューヨーク州 $260.05
第3位 コネチカット州 $251.34
第4位 マサチューセッツ州$243.68
第5位 バーモント州 $229.39
・・・・
第24位 カリフォルニア州 $163.08

http://lalife.los-info.com/article/19214100.html

2008年8月26日

百聞は一経験にしかず2

(長い書き込みは読みにくくて好きでないから、こうやって分けて書きます。)

筋トレに筋肥大させるトレーニングがある。普段持ったことの無い重さを持つ事で、筋繊維が破壊されて、それが超回復の末強くなること。その結果、もっと思いものが持てるようになる。これも経験することの例であって、生理学的にも普遍である。

これだけ言えば、そらそうだろなって理解されるのだろうと思うけども、じゃあ経験することが良い悪いと言われれば、それは分からない。おそらく人によっての捉え方だろう。だけど、おそらくそれは良いのだと思う。経験が知恵になり、それが生きて行く上で役に立つなら良いのだろう。だから本があって、書物になり、情報となって巷に溢れかえるのだろう。

実は日本とアメリカ以外の国に旅行をした事が無い。日本も近畿圏からあまり出た事はない。外人って、狩猟民族のせいか、皆いろんな国へ旅行している。まだ機会が無いけども、いろいろ旅行したいとは思っている。もっと価値観や、見えない世界が見えて来るのか期待している。

百聞は一経験にしかず1

百聞は一見にしかず
「何度も聞くより,一度実際に自分の目で見る方がまさる」(広辞苑)

諺ってのは本当に物事の本質をついていて、これも正にその通りだと思う。ただ、ネット社会の今は、一見が簡単に出来てしまうために、百聞は一経験にしかずが現代向きではあると思う。つまり、何が言いたいかは元々の諺の意味と一緒で、何事も自分で経験して見ないと、物事の本質はつかめないぞってこと。

で、本題。

今こうやってアメリカに居る事で、アメリカの分からなかったことや知らなかったこと、人間性や文化、また、単純に使ったことの無い単語や言い回しなどに触れることができる。特にネットなんかで調べて机上の空論チックに理解してたことでさえ、あれ〜?あれ〜?と当然かの如く理解してたのにも関わらず、微風に覆された笹舟のように愕然とする。

ここまでが諺の指すところ。

この、他の文化に身を委ねる事自体がもの凄い事で、あまり分かっていなかった日本の事でさえ見えてきたりする。それは良い事であったり悪い事であったりもする。またもっと知りたいと思ったりするのも本音。

鎖国という言葉があるけども、あれは国が外国からの情報を遮断することでは無く、自分自身が外界からの情報を遮断していることなのだろう。自分の慣れ親しんだ場を移す事で、見えなかった世界が見えてくる。これはごく普遍的な事で、異質な空間に身を置く事が、平凡な世界をデフォルメして際立たせてくれてるのだろう。

オリンピックで印象的だった日本のバレーと野球の試合。恒日頃から優しく育てられた温室野菜のような対外試合を日本でやっている。期待の金とあるけども、まずは環境の変化ではないだろうか?何を持ってして強化と上層部は謳うのだろう?

別にメダルを取れなかったことを批判してるのではなくて、もの凄く普遍的な事があって、それがいろんな事に当てはまってるなと常々思う。

続く。

2008年8月24日

断ち切らないといけない悪い癖

誰しもが1つや2つは持っているバッド・ハビット。断ち切ろうとしてもなかなか断ち切れないのが人間で、それを断ち切るのも人間。

仕事柄、パソコンと1日中向き合ってる事が恒で、よく疲れないのって聞かれるが、いつの日からか自然と平気になっていたりしている。

でもこういう事が怖い。簡単に言うと、ネットをずっとし続けることが可能なわけで、引きこもろうと思えば、ずっと引きこもってられる。仕事で没頭してる時は、とてもよく集中でき、あっという間に1日が終わってる。これがプライベートだと、あれ?もうこんな時間?1日終わってるってなりかねない。

最近はあまり睡眠が少なかったり、あまりに長時間パソコンと向き合っていると、頭痛が出たり、集中力が切れて、何もやる気がおきなくなってしまうこともある。これは非常に悪い癖。

今日は長時間、外に出てることが多かったので、久々の気分転換になったけども、もっとこれを増やさないとよくないなって思う。悪循環に陥るのは目に見えてるだけに、もっと外へゴーだな。

2008年7月30日

一理はある

仕事での定例会議で、どうしたら人材が定着するかという話があった。
アメリカに来てからの印象だが、どうも職を辞めたり変わるというのは日常茶飯事にある。

案の定、後輩や自分自身にも話は振られたが、なんせ公の場なんで、「はいお金です」なんてことは当然の如く言えない。もちろんそれは理由の1つではあると思うが、それだけでは無いとも思う。

当たり障り無く答えたのが、職場環境でどれだけ自分を高める、成長させることができるか、というような答え方をしたと思う。I think it's a matter of putting yourself in to where you can face more challenges. 多分、こんな感じ。

後々、考えてみると、ベタで臭いがあながち外れてはいないと思う。実際にやりがいや使命感ってのを感じられたり、仕事が楽しく没頭でき、それでいて成長を感じられていたら、最高の環境なのではないかと思う。もちろん最低限の保障が欲しいのは言うまでもない。

議論の焦点が変わり、じゃあどんなことをやっていきたいか、つまり、どんなキャリアパスを辿りたいかという話に変わると、これまた駆け引きの必要な問答となる。おそらく、技術者(プログラマ)としての観点と、管理者(マネージャー)としての観点で大きく異なるからである。

技術者として、新しい技術を習得したいとか、知識欲を充実させたいとなりがちだが、それをやってしまうと、それは手段であって目的ではないという議論に陥る。確かにそれは一理ある。でも、それは技術者で飯を食っていきたいか、それとも管理者として飯を食っていきたいかの議論もある。おそらく両方できることが理想だろう。

誰かが、この職は40代ではやっていけないなということを耳にしたことがある。そうかもしれない。でも分からないのが本音。じゃあ、管理者になることがキャリアパスの終着点なのかと問うなら、それもまた分からないのが本音。

例えば、デザイナーが末端の仕事をして、ディレクターがチームを管理して、マネージャーが経営しているとすれば、末端は後に管理して、経営することを目指すのだろうか?おそらく今の社会だとそうだろう。なぜか?給料が良いから?必要とされてる職だから?正論だろう。じゃあ、それが本当に自分のやりたいことかどうかと問うならどうだろう?

いろんなことには一理ある。
だからそんなに答えは簡単じゃない。

2008年6月 5日

NGGYU

YouTubeをサーフィンしてたら、懐かしいもん見つけてしまいました。

エンジニア役で出演した、倉木麻衣のNever gonna give you up(2000/6)のPVです。

2008年5月17日

ライオンと美女

この雑誌の表紙、凄いインパクトあったんだよな〜。

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2008年2月21日

いまいち

3連休はあんなに春の陽気な気候だったのに、今週は雨ばっかです。
週末も雨ばっかなようです。

実は書く事、昼間はいろいろ思いついていて、書こうと思うのですけど、夜になったらなんか他のことやってたり、ユーチューブ観たり、リーダーでニュース読んでたりで、あっちゅーまに夜中になって寝てるんですね。だから、いまいち最近は書き込みが進んでません。(反省)

特に変わった事は無いんですけど、来週から両親がこっちに3週間程遊びに来るんで、それなりに忙しくはなりそうな気はしてます。まあ、既に携帯のレンタルやら車の保険やら、日本から持って来てもらう物やら、バスケの試合のチケット購入やら、いろいろやってはいるんですけどね。

とにかく最近は出費が多い。。
今月は特に多い気がします。(愚痴)

最近役にたってて、個人的に注目してるツールが2つ。
1つはホワイトボード。
だいたい最近はパソコンかウェブでメモ書きとかするんで、ペンを走らせることが少なくなってきてるんですけど、買っちゃいました。今は冷蔵庫に磁石でペッタン、取り付けてます。食料品とか備品やらで買うの忘れた、ってことが多かったんで、今はこのホワイトボードに常に列挙してます。これで1つ問題解決。

2つめはグーグルマップ。
これはまだ個人的には途上と言ったほうが言いでしょうか。
携帯を将来買い替えた時のために、今着々と準備中ってとこです。まあ、ナビ代わりで活躍してくれそうですね。

あと、なんかあったかな。。忘れた。

2008年2月13日

哲学者金八

今週末は万々歳の3連休なんですが、もう既に予定がたくさん埋まって大忙しです。
仕事もそろそろ忙しくなる予感があり、土曜は会計士と前年度の確定申告準備、その日の午後にハワイ大の友人マイクと会う予定。日曜日は今のとこ未定で、月曜日に会社(研究所)の同僚の結婚式に参加。そんな週末になりそうです。

今、金八先生って日本でやってるんですけど、こっちでもこれを良く観てるんですね。だいぶ初期の頃と感じが変わったなと思うんですけど、良く出来てるドラマだなと思います。毎回いろんな生徒がいろんな問題を引き起こして、時には簡単に解決しないこともあるのですが、金八先生が親や生徒に「光」を導き出す設定になってます。

生徒が抱える表面上の問題はどれも違うんですが、本質的な問題はどれも同じで、親子の愛情、家庭問題が直結してるんですね。それがどれも違った形で膿となってでてるのが、現実に社会問題となってることだと思います。それをこのドラマは非常に洗練した形で描写しています。現代の救世主と言えば言い過ぎになるのだと思うのですが、本当にこういう先生がいたらこの子供達は幸せだろうなと思います。また、大人になっても金八先生の言葉には響いてくるものがあるような気がします。なぜか哲学者のような印象を受けるのは私だけでしょうか。

2008年1月30日

頭の良いやつ

最近なかなか筆が走ってます。
あんまりバスケのことばっかり書いてると、そこに興味無い人達にそっぽをむかれるんで、今日はちょっと違う話。

昨日、物事の本質を見つめ直したらどうのこうのと書いてたんですけど、ちょっとそれに関連してるんです。まあ30年も生きてると、国を問わずいろんな人に会いますね。小学校で数十人規模、中・高で数百人規模、大学で数千万規模と出会う人の数が変わります。そして、社会に出るとそれが無限大になり、世代を超えた出会いが増えますね。

そんな出会いの中で、今までいろんな能力者に会いました。例えて言うならば、ある種のスタンド使い、悪魔の実の能力者ですね。記憶力に長けてる人、話が面白い人、友達が多い人、人を集める場をセッテイングするのに長けている人、芸術性に優れている人などなど。その中でも頭の良い人という分類が僕の中ではあやふやでした。

学生時代なら、テストの点数が良い奴、模試の偏差値が高い奴、良い大学に受かった奴、物知りな奴、という分類をしていたのですが、どうも30歳になって社会人経験も5年以上になってくると、そういう主観が違うなという気がしてきました。

傲慢な発言ではないんですが、今迄本当にこいつすごいな、きれるな、と思わせられる人は片手で数えるぐらいで、そんなに出会った事がないんです。もちろん広い地球ですから、もっとそういう人達は多いと思います。その数少ない人達なんですが、やっぱり共通点があるんですね。その共通点を持っている事が、今の僕の思う「頭の良いやつ」なんだと思います。

さて、それは何か?←ですね。そう、単純に疑問を抱くセンスを持てる人なんです。実はこれが結構単純で難しいことなんですよ。面倒臭さ(諦め)や恥じらいという要素が絡んでくるので、通常の人はここ(疑問)をすっとばしてしまうんですね。しかしながら、賢い人ってこの疑問を持つというスタート地点がしっかりしてるんです。だから、原因の分析ができて、仮説を立てることができて、その仮説を検証し修正することができて、結論を導き出せる。そして、実行に移せるんですね。つまり、スタートがしっかりしてるから、ゴールが見えてるんですよ。

この前も紹介した世界一やさしい問題解決の授業を読んだ時に、ああ、こういうことなんだなって気付かされたのは言うまでもありません。この本は中高生向けに書かれた絵本なんで、是非皆さんも読んで下さい。生きて行く上で役に立つと思います。

頭の良いやつ、今まで生まれ持った天才なのかなと思ってたんですけども、実はこの基礎の「キ」ができてる人達のことなのかもしれませんね。


2008年1月29日

「キ」

雨季も一息ついたようで、最近は比較的晴れ間が多くなってきました。
今日は種々雑多な世間話を少々。

月曜日に会社のメールをチェックしたら、通常ありえない日本語のタイトルのメールが入っていたので、何だ?とタイトルを見ると、大学時代の同級生からではありませんか!ちょっとビックリしましたね。早速、返信をして話を聞いたところ、どうやらウェブで偶然見つけてくれたようですね。それで、会社のアドレスへメールしてくれたようです。しかし、こういうメールって嬉しいですね。海外で住んでると余計に思います。というわけで、そこのあなた、もっとメールください◎

結構、特異なルートで大学を卒業したんですけど、いえ、決して裏ルート的な悪いことはしてませんが、大学時代の同級生からすると、まるでこっちが失踪したかの形に見えたかもしれませんね。3年生の秋から4年の夏まで、ハワイ大に留学していたので、在学していた関西大学総合情報学部は通常より1年遅れての卒業になったんです。今思えば、秋卒業も無いし、既に終了させてた卒論のため(出席単位)だけに高い学費を払い、時間を費やしたのが辛いとこですが。。。まあ、卒業の年は学生の感じではなかったですね。こんな紆余曲折があったので、お互い様なんですけど、当時の同級生の所在とかさっぱりです。知らない所で同じように歳を重ねてるんでしょうね。

話変わって、昨日対戦したリトル・シャックが重かったなと思って、2ヶ月ぶりぐらいに体重を計ったら、どえらく体重減ってました。(ガーン!)朝飯抜いたり、忙しさでジムや飯の回数を疎かにしていたことが響いたようです。(反省)明日からは朝飯もしっかりとって、ジムも再開していこうと思います。

飯の話がでたんですけど、去年の後半ぐらいから自炊することが増えまして、晩ご飯は帰宅後作ることが多いです。まあ、作れる品数が少ない物の、ネットでレシピを見て調理するわけなんですが、失敗する時ってだいたい2つに原因が絞られるんですね。水か火。つまり、水分の量と火力なんですね。

これって今日ふと思ったんですけど、どんな料理でもこの2つが柱で、極めてファンダメンタルなところなんじゃないかなと。細かいことを言いだすと、やれ調味料やら、秘伝のタレやらってなってくるかもしれないんですが、それでも個人的には火と水だと思ってます。

お米を炊くのを例にとると凄く解りやすいんですけど、水の加減でおかゆかパサパサのごはんのどっちかに転びますよね。そこの間をうまく取る水量。また、以前、日本でよく行ってた定食屋さんが言ってたんですけど、天ぷらのアガリ方は家庭の火力ではちと無理出そうです。あんなにカリッとあがるのは、それなりの強い火力が必要だそうで。

で、何が言いたいのかってことなんですけど、料理だけでなく物事には極めてベーシックな、基礎の「キ」と呼ばれるような事象があるようです。物事を見つめなおしてみると、いろいろと面白い事が再発見できるのかもしれませんね。

2008年1月22日

マノアマンという名前の由来について

最近のLAは雨が多いです。
気温は10度前後で、寒いです。

ちと昨日以外の画像もピカサにアップしました。
初めてピカサ活用してます。
ピカサ

頼まれた訳でもないのですが、マノアマンってなんやねんってそろそろ言われそうなんで、その辺の由来について。

端的に言うと、便宜的なネット上の名前ってことなんですこれが。まあ、分かる人は分かってると思うんですけど、ネットとかやってるとセキュリティってやつが一蓮托生でついてまわるんですね。だから個人情報をあからさまにネットで公開するのもいかがなもんかと、というのが事の発端ですが、まあ便宜的な意味も含めてやってることです。

で、由来の話なんですけど、もう何年前になるのかな、7年ぐらい前ですかね、ハワイ大に行ってた時マノア(地名)に住んでたんですよ。まあ寮なんですけど、年がら年中Tシャツ、半ズボン、サンダル、むしろ裸足でしょっちゅう海に行ってて、かなり野性的な暮らしをしてた頃がありました。アカデミックな環境かよ?って思わすぐらい、マーク・ハントなみの野生児丸出しな1年間を過ごしたわけです。当時、ネットもそこそこ浸透し出して来てた時期で、なんかアカウントを作るのにニックネームみたいなのを考えた末、マノアに住む男的なニュアンスを出したかったのでマノアマン。そんな単純な発祥です。

とはいうものの、かなりデプリケートされた状態なんで、そろそろ名前変えたいなと思ってます。だってむしろ野生化でなく都会化されてますしね。まあ、できれば誰がみても分かりやすいなって感じが一番良いんですけどね。単純にバーソロミュー・くま的なバーソロミュー・山みたいなんでもいいんですが、単純にとでも名付けておきますか。

2008年1月 9日

ごめんなさい

今回の帰国で会えなかった方々ごめんなさい
実は私事都合であまり時間がなかったことで、家族・親戚メインの帰国となりました。
また次回、しばらくはブログでお楽しみください。

ところで、わずかながら何人かの友人に会う事ができたのですが、意外とブログを読んでくれてるようで、かなり嬉しかったですね。感謝感謝でこれからも更新をマメに、画像も割り増しで書いていこうと思っています。

さて、日本に帰ってスーツを着る事があったのですが、これがびっくり、かなり小さくなってました。ズボンのウエストがきつかったのですが、それ以上にシャツで着れるものが無かったです。幸いアメリカから1枚持ってきていたので、問題なかったものの、袖の短さ、肩周りのはち切れ具合にはビックリでした。俺もかなり巨大化したなと、ちょっと笑ってしまいましたね。

前回程、京都の街並変わったなーって印象はなかったんですが、西院に百貨店のようなものが出来てたり、堀川丸太町のホテルが潰れてたり、知ってるガススタやゲーセンが潰れてたりしてるのを見ると、それでも経済は回ってるというか、時間が経ったのかなという風に思いました。

外国に住んで日本の外に居ると、日本の気になることがありました。日本に居た時はそれほど気にはならなかったんですが、外の生活が長くなると気になるんでしょうね。1つ目に、街中のゴミ箱が少ない事、ごみを捨てたいと思った時にどこを歩いても無いんですよね。自販機の横に缶やペットボトルを捨てるゴミ箱はあっても、普通のゴミを捨てる場所が無い。これはなぜなんでしょうか?あまりのなさに少しきになりましたね。

2つ目にタバコを吸う人が非常に多いこと。また、吸える環境が多いということ。タバコを吸わない自分にとってはかなりきつかったですね。日本では慣れてしまって、気付かなかったのですが、これって吸わない人間にとってはかなりきついです。服に匂いがつくし、くさいし、目が痛いし肌も痛い。吸ってる人には申し訳ないが、かなり迷惑ですね。アジアの先進国でなぜここまで許されてるか、ちょっと不思議な気がします。良いことは1つもないので、止める気がある人は即刻やめた方がいいっすよ。これ、まじで。やってないと健康も懐も楽です。

逆に、温泉とかって最高ですね!やっぱりこれは日本のものだなって思いました。いつでもどこでも行けるって環境が豊富でいいですね。やっぱり暖まる、疲れがとれるってのは大きいです。

後半は、外から見た日本って視点で書きましたけど、また気がついたことがあれば書いてみたいと思います。といっても、そんなすぐ思い浮かばないかもな〜。

2007年7月13日

会話のきっかけ

新しい土地に来ると誰も知り合いがいないってことがある。そんな時、どうやって友達作ってたっけなって小学校の頃を思い出してみたりする。意外と思い出せないから、中学校や高校の記憶を辿ってみたりもする。すると共通してることが見えてくる。名字が近かったり、興味が似ていたり、同じ部活、同じクラス、そして住んでるところが近かったり。なにがしかの共通項がきっかけとなっていることが分かる。

さて、この間「How To Initiate Conversation」という面白い記事を見つけた。流石に全部訳している暇はないけれども、要するに他人と会話することの重要性を書き記してある。確かに当たり前のことが書いてあるのだけれども、自分から行動を起こす積極性とそれがもたらす良い連鎖が興味深かった。つまり、自分が積極性を持って他人に話かけられるようであれば、自ずと相手からも話しかけられやすい人になるということらしい。

かといって、面倒くさいや人見知りという要因がこれの妨げになることは多々ある。ここのトレードオフが重要なんだろう。しかし不思議なのが、この億劫な感覚。小学生、少なくとも学生の頃は不思議となかった。なぜこういう感覚が芽生えたのだろう。はっきりとした原因は分からないが、おそらく嫌われたくない、相手を傷つけたく無い、自分が傷つけられたく無いという気持ちが膨らめば膨らむ程、大人になれば大人になるほど、人間関係が億劫になるのかもしれない。

子供の頃の気持ちに戻る事、純粋になること、ひょっとしたら今必要な事は意外とそういう事だったりするのかもしれない。西洋人はそういうことに長けてるのかな??


参考記事
http://www.lifehack.org/articles/communication/how-to-initiate-conversation.html

2007年7月 7日

20070707

今日は七夕ですが、千年に一度の七夕だそうです。070707という並びになるのが千年に一度なわけですね。何か神秘的なことを感じますね、千年に1回。人生の約10回分のうちの1つ。千年前の人達はどんな七夕を過ごしたのでしょうね?僕はアメリカでジムに行ってました。特に変わりなしです^^

2007年6月25日

Famous for being famous.

ちょっとどこにも当てはまりそうに無いトピックだったので、新たに「無」というカテゴリを作成。つまりどこにも属さないようなトピックはここに書いていこうと思います。

Famous for being famous.これはちょうど寝る前にテレビのニュース速報を観てた時に出てきた言葉。パリスヒルトンが23日に減刑された刑期を終え、刑務所から出所するところをレポーターとスタジオがやりとりしてる時にでてきた言葉です。パリス・ヒルトンは演技が上手い訳でも、歌が上手な訳でも無い。なのになぜそんなにアメリカでは有名で、些細なことがニュースになるのかという質問が度々飛び交っていた。その訳は、Famous for being famous.つまり、「有名になることで有名」という理由らしい。

はて?

有名になることで有名、と聞いて、上から読んでも下から読んでも山本山を思い出したのはなぜだろう?答えになっていないような気がするが、おそらく皆、暇なんだな〜と思ったのが第一印象。率直に問題児だからって言えば分かり易いような気もするが、大衆の根底にある願望みたいなものがパリスに投影されているのかもしれませんね。