今回はちょっと仕事に関連した話。
以前から創造力(クリエィティビィティ)について考えさせられることがあります。
今やってる仕事で80%をメインのプロジェクト、20%を別のサブプロジェクトに費やしてるんですが、この20%を設計力向上のためオブジェクトを考える時間に最近使ってるんです。具体的にどういうことをやってるかというと、以前僕が設計からインプリまで全部やったデスクトップアプリのソースを見直して、クラス図の関連や依存性を意識しながら、ディカップリングやリファクタリング、オブジェクトを抽象的に捉え直してるんですよ。
それで、作図ツールをやって作業してたんですが、どうも発想が冴えない。それなりに事を進めてたんですが、途中からプリントアウトした物にペンで描き始めました。すると不思議なことにペンを手に取った方が作業が捗り、発想しやすくなる。
実はこの現象、昔にも経験してるんです。例えば、文章を書く場合。最近は至ってパソコンで文章を書く事に慣れてしまってはいるのですが、紙に鉛筆で書く方が、なぜか良い文章が書けるんですね。だから、メールよりも絵葉書や手紙に文章を書く時の方がアイディアが出易いんです。
もっと昔に遡った話しをすると、書き取りって作業を学生の頃やったのを思い出します。繰り返しで単調な作業なんですが、本を読んで覚えるより、紙に書き出すことで、記憶に残り易くなり、不思議と身に付いてたりするんですね。これは創造性より記憶に関したことですが、どうも脳と紙に文字を書くという作業に重要な相関性があるような気がしてなりません。
現に、パソコンを使うことの弊害として、文字を打つのが便利になった反面、漢字を忘れ易くなった(これは歳を重ねる事も関連してるとは思いますが)ことがあります。これが紙に文字を書くということが減ったということについて、関連が無いとは言いきれないような気がします。
仕事で久々に絵を描きました。もちろん、今やってることの作業の一貫です。どうも、絵を描くというのは、不思議と脳の違った箇所を刺激してるようで、同じことを考えてるはずなのに、パソコンを使って考えてる時と違う感じを受けます。不思議とスッキリした感じがあるのは、普段と違う脳の場所を使うことで、疲れてた脳が逆に活性化されたのかもしれません。
時代と逆流した、とても原始的な行為が、実は人間にとってのポテンシャルを高めていて、それが便利な世の中になる事で失われていってしまうのかと思うと、少し怖い感じがします。絵を描く事は重要なのかもしれません。文字を書き出すことは重要なのかもしれません。
便利は楽です。しかし、便利が人間の持ってる可能性を押し殺してしまってるのなら、便利も考えものかもしれません。もっと原始的に、もっと不便に、創造性を高めるため、普段と違った試みは大切ですね。
しかし、絵を描くってのは本当に不思議な行為です。なぜか脳が疲れない。なぜ人は絵を描こうと思ったんでしょうか?何かを表現したかった、伝えたかった以外にも何かありそうです。創造したかったのかもしれません。